東京府

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東京府
とうきょうふ
東京府章
東京府章(昭和6年改定後)
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設立 1868年9月3日
廃止 1943年7月1日
現在の該当地域 東京都
現在の該当団体 東京都
東京府のカテゴリ
(テンプレート)

東京府は、1868年(慶応4年、明治元年)から1943年(昭和18年)までの間に存在していた日本の府県の一つで、現在の東京都の前身にあたる。

目次

概要

府の紋章が入ったものをはじめ、筆文字の「東」の字が入ったものやデザイン化された「東」の字が入ったものなど幾つかの種類が確認されている。古いものは名古屋市型、府の紋章(昭和6年改定後)の入った比較的新しいものは東京市型(JIS模様)の地紋が多いようだ。G&U Vol.3によると、東京府の蓋には名古屋市型の蓋が用いられていたが、昭和6年に府章が改定された際に東京市型の蓋に改めたとのことだ。


蓋の種類と系譜

古いものは名古屋市型、昭和6年の府紋章改定後は東京市型の蓋になっている。


設置場所

東京府の紋章が入ったものは青山・神宮前周辺に多数確認されているが、赤羽北部や多摩川沿いなどの都県境でも数枚確認されている。

新宿区西新宿3丁目

東京都新宿区西新宿3-10、甲州街道沿いに設置されていたが、2012年7月までに撤去・更新されている。デザイン化された「東」の字が入った名古屋市型地紋の蓋。


新宿区西新宿7丁目

東京都新宿区西新宿7-4、小滝橋通り東側歩道に1つ設置されている。阿佐谷南と同じもの。



新宿区西落合4丁目、豊島区南長崎5・6丁目

東京都新宿区西落合4丁目~豊島区南長崎6丁目~南長崎5丁目にかけての目白通りの歩道上に鉄筋コンクリート蓋が5枚残っている。 そのうちの1枚(地図上のA)は人孔縁塊付きである。


渋谷区千駄ヶ谷

東京都渋谷区千駄ヶ谷3-1、明治通り沿いイトキン前の歩道に設置されている。「東」の字が入った名古屋市型地紋の蓋。



渋谷区渋谷(青山学院西側)

青山学院大キャンパスの西端の歩道に数枚残っている。



渋谷区渋谷・東・猿楽町

渋谷区東1丁目~渋谷3丁目~猿楽町にかけての道沿いに、丸蓋計6枚と雨水枡蓋1枚(地図上「U」で表示)が残っている。

渋谷区神泉町・鉢山町・猿楽町、目黒区青葉台1・2丁目

渋谷区神泉町・鉢山町・猿楽町と、目黒区青葉台1丁目にかけての旧山手通り歩道と、西郷山公園入り口歩道に、鉄製丸蓋計10枚と鉄筋コンクリート丸蓋(K)1枚が残存している。


渋谷区猿楽町?

東京都渋谷区猿楽町付近(推定) 旧山手通り歩道上


渋谷区神宮前

東京府章の入った消火用吸水孔の蓋、東京市型地紋の丸蓋の他、無印の燈孔蓋が確認されている。


消火用吸水孔

東京都渋谷区神宮前6-18付近に「消火用吸水孔」の蓋(地図上「K」のマーク)が2枚残っている。この場所はもともと、現在暗渠化されている渋谷川(隠田川)に架かっていた橋の上で、川の水を吸い上げるための設備の蓋だったらしい。当時の写真を昭和毎日:池田信『1960年代の東京』(毎日新聞社)で確認できる。


丸蓋

神宮前1丁目・3丁目の明治通沿い歩道(竹下口~東郷神社前周辺)に、東京市型地紋の下水道用の丸蓋が数枚残っている。 田原光泰「『春の小川』はなぜ消えたか」(之潮、2011)によれば、該当箇所は昭和7年に排水路の改修工事が施されているという。


丸蓋

コミュニティバスの「はぁとぴあ原宿入口」バス停の前後に1枚づつ、合計2枚設置されている。 道路を隔てた向かいの歩道にも2枚存在している。 蓋は竹下口交差点に有る物と同様である。


燈孔蓋

神宮前2-30の東側路上に、無印の燈孔蓋が1枚(地図上「L」のマーク)、コンクリートで埋められた燈孔跡(地図上「R」のマーク)が数個残っている。設置場所と推測される年代から東京府の項目に掲載している。


渋谷区初台1丁目

甲州街道沿い歩道に、東京市型地紋の下水道用の丸蓋が3枚存在している。

渋谷区笹塚1/2丁目

甲州街道高架下、笹塚交差点西側の横断歩道の中央分離帯部分に1枚存在している。

目黒区下目黒1丁目

目黒通りの下目黒交番裏にデザイン化された「東」の字が入った名古屋市型地紋の蓋がある。 新宿区西新宿3丁目とは地紋が異なる。

目黒区青葉台

東京都目黒区青葉台2丁目10付近、西郷山公園入口脇

目黒区青葉台1丁目

目黒区青葉台1丁目の旧山手通り歩道に鉄筋コンクリート丸蓋1枚が残存している。



目黒区碑文谷

東京都目黒区碑文谷1-6付近、目黒通り北側横断歩道上。 鉄製角蓋が1枚ある。


目黒区碑文谷2丁目

東京都目黒区碑文谷2-11付近、目黒通り南側歩道上。 コンクリート製丸蓋が1枚ある。



目黒区中根1丁目

東京都目黒区中根1-25付近、目黒通り南側歩道上。 コンクリート製丸蓋が1枚ある。



北区岩淵町

東京都北区岩淵町24付近、新荒川大橋のたもとに1枚残っている。



杉並区阿佐谷南1丁目

杉並区役所前に鉄筋コンクリート製の蓋が2枚存在する。



杉並区阿佐谷南3丁目

青梅街道沿い歩道に、鉄筋コンクリート製丸蓋が2枚存在している。


杉並区和田3丁目

青梅街道沿い歩道(蚕糸の森公園前)に、東京市型地紋の下水道用の丸蓋が1枚存在している。


中野区新井1丁目

狭小路地にコンクリート蓋が2枚現存している。 路地は暗渠の可能性がある。こうした箇所に府の人孔丸蓋が置かれていた例は他になく、研究が待たれる。

大田区田園調布本町(丸子橋トンネル)

東京都大田区田園調布本町40付近、多摩川に架かる丸子橋の下にあるトンネル内に2枚残っている。



大田区田園調布本町(田園調布本町交差点内)

東京都大田区田園調布本町交差点内に1枚現存する。

※2014年4月16日現在、最新型のものに交換されおり、残念ながら現存しません。


大田区大森中2丁目・3丁目・西糀谷2丁目

産業道路沿いの歩道などに、角蓋2枚と東京市型地紋の下水道用の丸蓋が1枚存在している。



大田区大森北5丁目・大森西1丁目

環七沿い、春日橋近くの歩道橋下にコンクリート蓋が2枚現存する。


品川区東大井5丁目



品川区北品川3丁目

山手通りに面したこどもの森公園前に架かる城南歩道橋前に存在する。



品川区南品川3丁目

元なぎさ通りに一枚現存する。



練馬区北町1丁目

川越街道と環八の交差点(練馬北町陸橋交差点)内に1枚存在する。


世田谷区松原1丁目

甲州街道沿い歩道に、東京市型地紋の下水道用の丸蓋が3枚存在している。


荒川区東尾久6丁目

旭電化通り沿いライフ東尾久店西北角の路地を南に入ってすぐのところに東京市型地紋の下水道用丸蓋が1枚存在している。


墨田区墨田4丁目

墨田区墨田4丁目の水戸街道両側の歩道に鉄筋コンクリート丸蓋が8枚残存している。



江戸川区平井6丁目

蔵前橋通り沿い歩道に、鉄筋コンクリート製丸蓋が1枚存在している。


江東区亀戸4丁目

亀戸4-46の蔵前橋通り沿い歩道に、鉄製丸蓋が1枚現存している。


豊島区雑司ヶ谷1丁目

都道435号線護国寺西交差点、石材店から50mほど北西に進んだところに雨水桝が1枚存在している。


未確認情報

新宿区北新宿1丁目

2008年10月発行のG&U Vol.3に、新宿区北新宿1丁目に府章入りの丸蓋が1枚あるとの記述がある。 ※ 北新宿1丁目の主要道路の歩道にはない(2012年4月1日 馬明確認)

位置情報が曖昧です この項目の位置情報は曖昧なので、探索の参考になる可能性はありますが、実際に探し出すには不十分です。位置情報を加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

北区内、環状7号線沿いの神谷1丁目と東十条5丁目の歩道

2008年10月発行のG&U Vol.3に、北区内、環状7号線沿いの神谷1丁目と東十条5丁目の歩道にコンクリートふたが各1枚あるとの記述がある。 ※ 環状7号線沿い神谷1丁目と東十条5丁目の歩道にはない(2012年3月25日 馬明確認)

位置情報が曖昧です この項目の位置情報は曖昧なので、探索の参考になる可能性はありますが、実際に探し出すには不十分です。位置情報を加筆、訂正して下さる協力者を求めています。




展示場所

虹の下水道館

虹の下水道館には鉄筋コンクリート製の蓋と鋳鉄製の蓋が展示されている。鋳鉄製の蓋については現在も路上に残っている蓋の方が状態は良い。

沿革

  • 1868年(明治元年)9月3日(旧暦7月17日) 江戸府より東京府に改称
  • 1893年(明治26年)4月1日 多摩地区を神奈川縣より編入
  • 1931年(昭和6年) 府章を改定
  • 1943年(昭和18年)7月1日 東京府は東京市とともに廃止され、東京都が発足


関連項目

外部リンク