王子町

出典: 路上文化遺産データベース
移動: 案内検索
王子町
おうじまち
王子町1a.jpg
「下水」の意匠に囲まれた王子町紋章
{{{画像}}}
英語名 {{{英語名}}}
略称 {{{略称}}}
設立 1908年(明治41年)8月8日
廃止 1932年(昭和7年)10月1日
現在の該当地域 東京都北区中部
現在の該当団体
(テンプレート)

王子町はかつて東京府に存在した町で、現在の東京都北区の中部にあたる位置にあった。1932年(昭和7年)には東京市に編入されている。


目次

概要

下水道の起工は昭和3年なので、王子町の紋章が入った下水道用の蓋の設置時期は昭和前半ということになる。マンホールのふた 日本篇によると、直径645mmの蓋が多く、稀に直径815mmの蓋もあったとのことだが、2010年12月現在では丸い蓋は直径645mmのものが20枚程確認されているのみである。他に角蓋2枚も確認されている。 なお、下水道の起工時(昭和3年)は王子町だが、竣工時(昭和17年)には王子區王子町になっている。


設置場所

同年代に存在した他の自治体に比べると比較的多数の蓋が現存している。


王子本町2丁目

ここには丸蓋11枚、角蓋2枚(うち1枚は確認不能)と、多くの蓋が残っている。


角蓋

保存状態は悪いが、角蓋が2枚確認されている。ただし、そのうちの1枚は民家の塀の下敷きになっており、確認することは不可能。 上記の地図では「K」の文字で区別している。



丸蓋

丸蓋は民家の隙間を抜けるような非常に細い路地を中心に11枚設置されている。


中十条1丁目

撤去された燈孔蓋の跡

ここには比較的最近まで燈孔蓋が2枚存在したらしいが、2010年10月には少なくともひとつが撤去されたことを確認している。残りの1枚も撤去されてしまった可能性が高い。




十条周辺

2010年時点では7枚が確認されていたが、2011年9月ごろ管渠再構築工事により地図上Aの蓋とCの蓋の計3枚が撤去された。


堀船3丁目

G&U Vol.3にはこの区域に2枚残っているとの記述があるが、2010年12月に確認した際は1枚のみ確認できた。同じくG&U Vol.3には、ここに残る蓋の紋章は他のものと異なり、より古いものかもしれないとの記述がある。



現存する蓋

地図上Aで表示


撤去されたと思われる蓋

地図上Bで表示


豊島2丁目

1枚残っていたが、2011年11月5日に撤去されている。(http://twitter.com/#!/KMB_oji/status/139603344451842048)



王子駅近くの明治通り歩道上

2008年10月発行のG&U Vol.3に、「JR王子駅近くの明治通り歩道上に、王子町の鉄ふたで唯一縁石つきのものを含め5枚見つけた」との記述がある。

位置情報が曖昧です この項目の位置情報は曖昧なので、探索の参考になる可能性はありますが、実際に探し出すには不十分です。位置情報を加筆、訂正して下さる協力者を求めています。


荒川区南千住2-4

王子町外に越境して設置されている。 線路沿いの道、行止まりにある東京メトロの緊急資材置場の前。


沿革

  • 1889年(明治22年)5月1日:市制町村制により王子村発足
  • 1908年(明治41年)8月8日:町制に移行し、王子町となる
  • 1928年(昭和3年):下水道起工(マンホールのふた 日本篇 p.57 より)
  • 1932年(昭和7年)10月1日 東京市に編入され、岩淵町とともに王子區となる
  • 1942年(昭和17年):下水道竣工(マンホールのふた 日本篇 p.57 より)


関連項目


外部リンク